24時間365日 薬剤師が対応し患者様のご自宅に薬をお届け致します。(休日、時間外、夜間帯、も対応します。) 福岡市、春日市、大野城市、太宰府市、筑紫野市等で在宅医療に特化した保険調剤薬局です。


きらり薬局の目指すもの

日本一多くの“ありがとう”を集める薬局を作る

001 お礼&1年目 代表者 黒木 哲史 からの日頃のお礼。11月14日は弊社の創業記念日です。

[写真]お礼&1年目

会社務めをしていた頃の26歳の時に自分自身が急性膵炎で入院し格闘した4週間で、いつか自分も死ぬ日が来るんだと言う事におぼろげながらに気づきました。その時から自分の人生を本当に考えるようになりました。

私は薬剤師です。また5年間、病院、クリニックを回っていた経験を活かして薬局をする事が社会に対して価値があるのではないか?? と考えるようになりました!!それからの3年間は会社に在籍をしながら仕事の空き時間(平日は夜と休日)に勉強しながら営業に行きました。

ほとんど飛び込みで営業しましたが、予想以外に世間は厳しく、また競争相手には東証一部上場企業の調剤薬局もありますから私のような29歳の お兄ちゃんに処方せんを出してくれるような先生はいませんでした。(初めてだったこともありうちは実験台か!と言われた事もありました。) 話だけは聞いてくれる先生はいましたが、99%取り合ってもらえませんでした。 なかには黒木君にお任せすると約束してくれたりした事はあるけれども院外処方せんにする前になって他の薬局に処方せんを出しますと 断られたりといった事もありました。時には知り合いの銀行員に開業したい先生を紹介するとその銀行が他の薬局を紹介する始末でした… 同僚に相談するとやめておいたほうがいいよ、今からの薬局はとても厳しいとか不景気だからとか言われてみんなに反対されました。

それでも営業活動を2年弱くらいそれから続けておりますと、友人の紹介である医院に処方せんを出して下さいとお願いをしにいったのですが、そこも大手の調剤さんにしますと断られました。またかと思い、あきらめて帰っていると恐らくそれを見かねた事務長さんが声をかけてくれて、 その事務長さんが現在、一緒に仕事をさせてもらっている先生をご紹介して頂きました。 そこで自分の夢の店舗を持つことができました。 まだ始まったばっかりです。副作用情報の提供、お薬の管理、健康情報、健康食品などを 通じてきらり薬局に関わる人を元気にします。 処方せんを元気にかえる!! いつも本当にありがとうございます。

Hyuga Pharmacy 株式会社 代表取締役 黒木 哲史

002 配達&新店舗 薬局へ行くことが大変な方の為にお薬を配達する薬局、薬剤師の道へ

[写真]配達&新店舗

処方せんのお薬を受け取るのに長く待たされたりした事はありませんか?私たちは、お薬を薬局で受け取ることが面倒な方、取りに行けない方には、責任をもって自宅まで配達いたします。

足が不自由等の理由で、薬局に行くのが大変な方の為のお薬をご自宅まで、きらり薬局の薬剤師がお届けいたしますので、お気軽にお電話でお問い合わせください。

2010年2月1日にJR春日駅西口にお店を出しました。(開業して現在3年目です。2010年7月現在)やっと落ち着いてきた感じでしたが… 少しづつ業務が回ってきたと思ったら、新しい問題がみつかって、解決したら、また出てきて、それの繰り返しでした。

稲盛和夫さんの「生き方」を読んだ時にあった1つのフレーズ:良い商品やサービスを作るには「目の前に横たわる問題を一つ一つ解決していく」それしかない。いうのがあったのを思い出しました。
確かにその通りだなーとういうのを体感しています。細かい作業ですが、エネルギーを本当に使います。

味で結構、辛いんですよね、この仕事。人間は変化が嫌いだから色々と反発もでるし、でもやらないと前にすすまない。
自分の夢がなかったら、一緒にいる従業員や仲間がいなかったらもうやめてると思います… でも絶対にあとには引けません。引きません。

お薬の配達について

003 居宅介護支援 住み慣れた地域で生活していただくお手伝いを。居宅介護支援事業所介護 「ひゅうが」を開設。

[写真]居宅介護支援

介護保険を利用して在宅生活や在宅介護をしていきたい、とお考えの方。居宅介護支援事業所介護 「ひゅうが」では、介護支援専門員(ケアマネージャー)がご本人やご家族のご要望や困っていることをお伺いし在宅で自立した生活を行うために必要なサービスとは何かをご家族と一緒に考え、ケアプランを作成いたします。

ご自宅へのご訪問やご本人・ご家族とサービス事業者等との連携を取りながら、住み慣れた地域で生活して頂けるようにお手伝いをいたします。

居宅介護支援について

004 春日店 児玉 知子

[写真]春日店 児玉 知子

春日店の薬局長は児玉薬局長です。こういう事を書くと怒られるかもしれませんが、入社当時は薬剤師としては病院、調剤薬局、と経験を積み、一人前だったと思います。ただ、管理者(リーダー)の経験はなかった、

薬剤師というのはマネージメント、リーダシップの本当の意味での研修、経験を積ませる企業はほとんどありません。薬の知識の勉強ばかりするのでその知識に偏りやすい傾向にあります。彼女がそういうわけではないですが人をまとめる経験というのは初めてだというのは見ていてよくわかりました。それは業務が多忙になれば多忙になるほど顕著にそれが出てきます。薬局長が人に言う声のトーンも態度も強くなる。人間の弱みがピンチの時に如実に出るのです。

薬局の空気は悪くなるし、部下から直接私へのクレームが何度かありました。それは彼女にとっては大変な屈辱です。退職者も多く出ました。春日に人をやると辞めるんじゃないかと思っていた時期もありました。その度に城尾部長が彼女をさとしに行ったり、発破かけに行ったりしたのを今もよく覚えています。本人も苦しかったと思います。自分は要領よく物事をこなすが部下はうまくこなせない。どうしてそんな事も、どうして出来ないんだ??私がいう事がどうして伝わらないんだ??今まで感じた事のない大きな壁にぶち当たった。薬剤師としては器用だけれども管理者としては不器用。自暴自棄になっていたのも想像できます。私も城尾部長も、その時は彼女がその壁を乗り越えてもらうしか方法がないと思い、かたずを飲んで見守っていました。心が折れないかな? 暴走しないかな?など思いながら。

おそらく1年くらいはその状態は続いたと思います。本当によく耐えたと思います。
そしてある時いつの間にか薬局の空気は変わっていった。勿論そのトンネルから抜け、現在トップをひた走る春日店があるのです。私は人って進化するんだと思いましたし、彼女が壁にぶち当たり、もがいている姿は私自身も頑張ろうって思わせてくれました。皆さんも目の前に必ず壁があると思います。というか、壁がないというのは正常ではありません。壁を感じてないというのは自分の課題を見逃しているという事です。目をそむけているのです。

完璧な人なんか世界中に何処にもいない。
壁を乗り越えた時の一回り大きく魅力的な自分をイメージしましょう。
そして、そのイメージを現実に。

社内報ひなた

今回はこの、社内報「ひなた」について書きます。
私はどうしても立場上、経営的(わかりやすくいうと数字)目線でみてしまっていたので正直、初めは社内報というのは何の意味があるのか、興味もそんなにありませんでした。経費かかるだけ!といった印象です。

ただ以前のように社員の方々と自分の考えを話したりする機会も減り、私が何を考えているか、会社がどの方向に向かっていくのかも伝わらなくなるのを実感していました。少し寂しい気もしますが、組織が大きくなるというのはそういう事だと思います。そこでふとした時にリクルートの社内報の「かもめ」を手にする機会がありました。 リクルートの社内報は冊子も綺麗で、内容もqualityが高い。細かく言うと、あるセクションの社員が壁にぶつかって悩んでいるのに後輩が先輩に相談するといったものでした。その記事の内容も知識、人間力、挑戦した人の経験も滲み出ている内容でした。このレベルの人達が働いている会社なのかと驚きました。

社内報に「会社の人材のレベル」がでるんだなと思いました。
他にも「リクルートらしさ」のでている社内報になっていました。(デザイン、人物等々)
前にも書きましたが、「会社の雰囲気、風土」というのは何よりも大事です。うちでいう「きらりっぽさ」です。 その根本は、いわゆるHyugaParmacy株式会社の日本国憲法みたいなものである企業理念です。ちなみにリクルートの社是は「自ら機会を創り出し、その機会によって自らを変えよ」リクルートのように大学新聞から始まりあれだけ多くの事業を作り出す会社の理念だと感銘を受けたのを覚えています。

※書籍「かもめが翔んだ日」(江副浩正・著)参考。私の本棚にあります。借りたい人はどうぞ。

「ひなた」はまだ始まってまだ6号目ですが、私は、この「ひなた」も会社と同じように育てて行きたいと考えています。編集者の薄さんは何をしている時よりも「ひなた」の話をしている時は本当に、本当に楽しそうです。この楽しいそうにしている薄さんを見ると私も嬉しくなるし、元気が出ます。自分の仕事に対しての取り組む姿勢で人に元気を与える事は、なかなか難しい事です。誰にでもできる事ではありません。それは彼女の最大の長所であり、彼女の持っている、人としてのエネルギー、きらりっぽさの象徴ではないでしょうか。私はこういう姿を見ると「この薬局を創めて良かった~」と思います。

これからもHyugaParmacy株式会社は、

「処方箋を元気にかえる!」
「服薬支援を日々の業務の中で試行錯誤する事で創造し、それを進化させ続ける。」

を旗印に「ひなた」のようなあたたかいイメージで前に進みます。

ひゅうが誕生秘話

ケアプランサービスひゅうがの立ち上げの経緯についてお話します。

HyugaPharmacy株式会社には、調剤薬局には珍しい居宅介護支援事業所があります。現在100プラン近くのケアプランを書いています。ケアマネは常勤3名非常勤2名の体制です。100人のケアプランを書くという事は100人の介護計画(ケアプラン)を書いているという事です。私がケアプランを立ち上げようとしたきっかけの事件をお話しします。

市内の在宅医から、個人宅の処方が突然流れてきました。その時はまだ太宰府店しかなかった時なので2009年くらいだったと思います。処方内容は「認知症」と「精神疾患」が進んでいる症例と思われる処方内容でした。場所は市内の団地に住む個人宅でKさんというおばあちゃんの家でした。

お薬を用意し、訪問してみるとインターホン鳴らしても出てきません。不在となると、再訪問となります。「もう一度来ないといけないのか~」と思いましたが、医師の訪問指示書をよく見ると「これで外出できるかな??」と思われる指示内容でしたので少し粘ってインターホンを鳴らしてみました。するとドアの向こう側から、気配がするのです。更にピンポン、ピンポンとしつこく鳴らすと、呻き声(うめきごえ)がしました。 この後も何回も繰り返しチャイムを鳴らすと(15分くらいこの作業を続けました)ガチャっと音がしました。カギが開いたのです。おそるおそる開けてみると、まず、物凄いにおいがしました。おそらく、掃除もうまくできていなかったと思います。部屋も、物凄く散らかっていて不潔な状態でした。
また、そのKさんはおむつ姿のまま、手で這いながら玄関まで来られていたようで、会話も成り立ちません。説明する言葉にアー、ウーという返事しか返ってこないのです。当時の私にはとても衝撃でした。驚きながらも何度も何度も薬の話をして本人も相槌を打っていたので説明を理解したと思って帰りました。

息子さんがいると聞いていたのでこの後、電話にて薬の説明をしました。その電話の中で息子さんは介護保険が世の中に存在する事もKさんがそれで掃除やお風呂の手助けをしてもらえる事などは全然知らなかったので、そこの説明もしました。近くの居宅介護支援事業所のケアマネージャーに相談してみるとおっしゃってたので、少し安心して電話を切りました。

またクリニックさんにも連絡して介護保険利用がなかったので説明の有無や家族の背景などを事細かに聞きました。

背景をまとめると、息子さんと二人暮らしで息子さんはKさんの介護のため仕事が出来ず、亡くなったKさんの ご主人の年金で食べている状態。訪問した時には不在だった息子さんも精神的に参っているように見えると話を聞きました。

その後、もう1度薬が出た時に訪問してみると全く何も変わっていませんでした。
息子さんに聞くとケアマネジャーさんが取り合ってくれなかったそうです。(これにはその当時は怒り心頭でしたが、今思えば、処遇困難事例の典型なのでケアマネさんも大変ですし、息子さんでうまく説明できたかな?今ならもっとアドバイスできたなと思います。)しかも、その翌日Kさんは薬を一包化の分包紙ごと1週間分をそのまま飲んでしまい。胃洗浄の為、病院に入院になりました。これでは何の為の居宅療養管理指導かわかりません。これにもその当時、大きな衝撃を受けました。
Kさんの状況をみて薬で出来る事の限界に気づきました。結局1人で出来る事は限られているのです。これからは医療と薬だけでなく、介護保険の仕組みや介護事業者との繋がりを持ちつつ薬局を運営しなければならないという強い想いでケプランサービスひゅうがを2010年に立ち上げました。薬剤師が介護事業を運営するのは大変な事です。個人は個人、介護施設は介護施設ならではの問題が沢山あります。制度の矛盾、人材確保など問題は沢山あると思います。介護はある意味、独特の雰囲気の業界です。ただ想いは一緒だと思います。今も私はケアマネさんとぶつかって悩んだりしながら運営を続けていきます。

薬剤師にケアマネの資格(現在薬剤師ケアマネ7名在籍)を取らせようと思ったのもこの事件がきっかけです。介護事業者の言語で話さないとこっちが考えている事も伝わらないし、介護事業者の気持ちもわからない。全部は解らないかもしれない、ただ知ろうとする努力は必要だと思います。

薬剤師 中村 洋

2013年11月から第7期が始まりました。過ぎてみれば、あっという間の6年という思いです。

今回は退職して実家の薬局を継ぐ事になりました、6期のMVPの中村洋(元)薬局長の事を書きます。彼はきらり薬局へ入社する前は福岡で大手のO薬局に在籍していました。その当時31歳で薬剤師業務も、だいぶん慣れて管理薬剤師を任されていました。

実際薬剤師というのは薬局の一応の業務に慣れてしまうと飽きてしまう感じもあり、それを持て余していたのか、きらり薬局に先に入社した元先輩の城尾部長の話も聞いて、きらり薬局に見学に来ました。その時は太宰府と春日店の2店舗の時です。土曜日の夕方に薬局内を見学した時に、ある在宅の先生から連絡が有り、定期処方は別の薬局に処方しているのが土曜の午後でその薬局がしまっているのでお願いしたいと連絡がありました。早速、私はある意味いい機会と思い、中村薬剤師と麻薬(アンペック坐剤)を個人宅にお届けしました。お伺いすると、医師、看護師、ヘルパーさん、ご家族さん皆一同に介していました。そのお薬をお持ちした時、目の前で患者さんが息を引き取りました。延命措置も施せず、ずっと手を震わせながら、呼吸を一生懸命しながら亡くなりました。私たちが到着後20分くらいでした。

目の前で人が亡くなるを見るのは、私にとっては初めてでした。患者さんの旦那さんが泣きながら、「私の妻はあなたが薬を持ってきてくれたお蔭で痛がらずに死ねた。ありがとう」と言ってくれました。その時の旦那さんの姿は今も鮮明に覚えています。とても感動しました。

それが中村薬局長との始まりです。その後、春日、大野城、雑餉隈、久留米など主に、新規の立ち上げ等にHyuga Pharmacyの為に尽力してくれました。彼の長所は「人柄」です。穏やかな雰囲気が人を引き付ける。簡単にいうと「和ませる」です。社内の人望もあります。象徴的な事例は今回、退職をするまでに送迎会が全部で3回もあったし、参加した人間もおそらく60人以上はいました。各店舗から中村の送迎会に集まってきました。見ていて羨ましかった職員もいたのではないかと思います。

今日、この原稿を書いている途中でちょうど、彼が最後のあいさつで私の部屋に入ってきました。いつもと変わらない様子です。今日でこの会社を最後という雰囲気は微塵も感じさせませんでした。人が巣立つのは正直さみしいですが、同じ志で前を向いて進んで欲しいと思います。私達も負けれません。

桧原店開局

2012年9月に、きらり薬局桧原店を開局しました。

きらり薬局の4店舗目の店舗です。東 有香薬局長です。
春日店と同じく、桧原店も一度潰れた薬局を在宅で再生させた薬局の例です。外来処方は月300枚くらいのクリニックでした。1日にすると15枚の処方箋です。通常の薬局では受けることができません。(採算ベースにのらない枚数です。)会社としても、出店のペースが上がって来たのはこの頃です。入社する人も加速度的に増えていきました。 業務は相変わらず忙しく動いていましたが、採用、財務、調剤の仕組みなども少しづつですが確立されるような雰囲気は感じていました。

会議もPDCA会議と位置づけ2週間に1回行うようにしたのもこの頃です。
「PDCA」とはP(計画)D(実行)C(評価)A(改善)です。保険調剤薬局は一般的に受け身の部分が多い。基本的考え方として日々の処方はさばいて1日が終わる、それでは昨日と比べて進歩がありません。私達は医療の「プロ」です。陸上競技の100Ⅿ走の選手で例えるなら、彼らは毎日、自己新記録を目指し改善と工夫を繰り返しています。足の上げ方はこうかな?とかランニングフォームの確認をしたり、筋肉トレーニングを繰り返したりして、筋力向上を日々続けて自己新記録の更新を続けています。それと全く一緒です。私達も昨日と同じでは駄目です。昨日と比較して少しでも前進してなければならないと思います。

何度も言いますけど、日々の業務だけで終わっては駄目です。
僅かでもいいから前進する事を意識しなければなりません。それを会社としてチエックします。PDCAサイクルが回ると店舗は劇的に変わります。ある意味、管理者としての腕の見せ所です。ちなみにその当時、東薬局長は全くといって、できていませんでした。開局当時は職員の数が多かった事もあり桧原は大混乱でした。慣れていないのに処方は増える。皆が夜遅くまで残って処方もさばいたりして現場の疲弊も感じ取れました。その当時はPDCA会議の前の日には東薬局長のところは改善されているのかな~と考えるようになりました。PDCA会議→東薬局長の構図です。きらり薬局で管理者になると必ずと言っていいほど、一回この状態に陥ります。陥るのが普通と言ってもいい。 言い換えると今までが管理薬剤師の経験はした事はあるけど、人の管理をした事がないケースが多い。配達の計画、担当者会議、計画書、報告書、ただ薬を出すだけではない、業務の複雑化がその人の管理能力を見事に炙り出します。

そこにPDCAサイクルが乗っかってくる。本当にきつかったと思います。
私も会議中に怒鳴ったりしたこともあるし、回りからも色々言われたでしょう。ただ、今となってはいい経験でなかったのでしょうか。私の経験上、人はそういう経験をして大きくなると思います。その経験を歓迎すべきです。(その時はしんどいし、逃げ出したくなりますけど、、、)私から見ても間違いなく人間的にも知識的にも精神的にも彼女は大きくなっています。東薬局長には次の高みを目指して頑張って欲しいです。その彼女の姿を私も見てみたいです。

アルカス薬局を引き継ぐ

今回はアルカス薬局の引き継いだ時の様子について書こうと思います。

皆さんはアルカスって何??なんでアルカス??と思われている方もいらっしゃると思いますが、私がその名前をつけた訳ではありません。ちなみに名前の由来は前経営者が星好きでアルカスはこぐま座という意味だそうです。
話に戻ると、8月末に引き継ぎのお話を頂いて、9月頭から引き継ぎを開始して欲しいというものでした。

通常は最低でも2か月くらいは時間をもらって引き継ぎながらやります。
それが一週間以内に引き継ぎを行い、というか人間も手配しないと行けません。勿論、薬局の金額も決まってなく、もし後から金額を吊り上げられたりしたら大変ですし、働く方の条件等も何も見れていない状態でした。会社の資産価値もその段階ではわかりませんでした。通常の場合だと時間を掛けて話し合わないと行けない事がまだ沢山あり、引き継ぐのか断るのかを決める事が出来ないような状況でした。ただ現実時間がないんです。アルカス薬局内を覗いてみると、店舗の広さが、ものすごく狭くて、今のアルカス薬局の丁度半分です。調剤室半分、休憩室はたたみ一枚、食事する場所もありませんでした。数字的にも、業務量的にも中途半端な感じでした。印象的には薬剤師1人事務2人で何とか回していました。 結論から言うとその日に私は引き継ぐ事に決めました。すべてを知る時間もなかったですが、このまま決断を遅らせて現場に指示を出さないほうが失敗する可能性が高いと感じました。決めた一番の要因はアルカス薬局が薬局として稼働している姿がカラーでイメージ出来た事です。白黒ではありませんカラーです。意味がわかりづらいかもしれませんが、簡単に言うと腹に落ちた時、そのイメージが白黒からカラーに変わります。(勿論、感覚的な部分もあります。)

私は保険調剤薬局は基準調剤加算Ⅱの要件を満たさないと将来的には淘汰されると思っています。
その条件は、

(1)面分業で処方をうける。
(2)在宅医療(訪問医、ケアマネ、在宅支援診療所、訪問看護、訪問介護などの介護に従事する人)と
    共通言語を理解した上での連携と患者さんとの間を調整ができる薬局)
(3)24時間対応型の薬局

私は店舗出店を決める時は門前から処方が出ているという概念で決断していません。上の3つのイメージが出来るかで決めています。アルカス薬局を引き継ぐ事を決めたあとは他の薬局に移る予定だった事務員さんを引き留めて、中村薬局長を派遣し、薬局自体は横の壁を突き破り広さを倍にしました。電子薬歴、分包機も印字できる分包機に変え、在宅の処方も増やし、今度の4月から基準調剤加算の要件を満たす薬局にようやくなりました。

卸さんからは変わりましたねー。と今でも言われます。私は仕事をする上で重要視するのはスピードです。 今回のような決断もそうですが、それだけではありません。社会で仕事を認められるのにスピードは重要だと思います。患者、医師、ケアマネ、施設長、がびっくりするようなスピードで仕事を仕上げる。考えるなと言っている訳ではありません。考えてもなく、仕事を進めていない時間が人にはあまりにも多いのです。返事、返答もすぐに出す。社内でも一緒です。仕事が遅く、ましてや期日を守れない人は社会に出たら仕事が出来ない烙印を押されます。烙印とは、その人に仕事が回って来なくなる事です。これに例外はありません。遅れる人は言い訳を必ず言います。(カッコ悪いんですよ。またこれが見てて、びっくりするくらい。)

「今やる、必ずやる、出来るまでやる。」自立した社会人にはこの思考は必須だと思います。

「あたりまえ」を共有しよう

ひなた今回は「あたりまえ」について書きます。

「あたりまえ」と聞いた瞬間に私は秋山木工を思い出しました。
秋山木工というのは宮内庁や国会議事堂、迎賓館などに家具を作っている家具職人さんです。すべて手作りで一つ一つ制作しています。未だに丁稚制度を継承していて、学費無料の研修を続けています。TVなどでも取り上げているようです。

その秋山さんの提唱する職人心得30箇条は「あたりまえの」ですが、とても心に響きます。秋山さんの著書を読んだ時に面白い事を書いていました。「技術も磨きますが、人柄を磨く猛特訓を行います。人柄が一流でない限り一流の職人ではありません。」というものです。自己啓発しているとよく聞くフレーズですが、秋山さんの著書「一流を育てる」や「職人心得30箇条」を読むとあたりまえの奥深さが重く伝わります。薬局で働く人についても技術を磨く事には一生懸命ですが、人間力とか社会のルールについては弱いし変わっているという印象がほかの業界の人と接すると、よく聞ききます。第一声が「薬剤師って変わってるよね」です。これは転職人材会社さんの共通言語です。  もう飽きるほど聞きました。自分も薬剤師ですので結構悲しい。現在、弊社でも様々な研修を導入しているのは薬業界だけでなくその他の業界と比べても人間力を高い人材を育てたいからです。業務も忙しいのもわかります、ただ従業員の人間「人柄」の成長は「処方せんを元気に変える」には必須の事です。

「あたりまえ」の話に戻ります。
私自身は「あたりまえ」ある一定のルールを守り続ける事だと思います。ある一定のルールとは??これは私なりに分析してみました。結論は「あたりまえ」は各人によっても違うし、高いサービスを望む人は「あたりまえ」のレベルが高い。例えば書類のコピーを頼まれての行動。を例に挙げると、

A)普通にコピーを取る。
B)コピーを取る時にその資料が何に使うかを見て配りやすいように分けてくれる人などです。

Bまでするのが当たり前の人もいればAが当たり前の人もいます。
私達は普段どの水準が「あたりまえ」であるかをお互い確認しあってその人の仕事のレベルを決めています。という事は会社全体で「あたりまえ」を人間力、サービス、接客、知識、などを会社で一番上の人のレベルに設定して、そのレベルに1人1人まで浸透させねばなりません。これの繰り返しです。私は最低限「職人心得30箇条」は「あたりまえ」にしたいと考えています。参考までに職人心得30箇条を添付します。とても興味深いです。みなさんは何個出来ていますか?

  •  1. あいさつの出来た人から現場に行かせてもらえます。
  •  2. 連絡/報告/相談の出来た人から現場に行かせてもらえます。
  •  3. 明るい人から現場に行かせてもらえます。
  •  4. 周りをイライラさせない人から現場に行かせてもらえます。
  •  5. 人の言う事を正確に聞ける人から現場に行かせてもらえます。
  •  6. 愛想よく出来る人から現場に行かせてもらえます。
  •  7. 責任を持てる人から現場に行かせてもらえます。
  •  8. 返事をきっちり出来る人から現場に行かせてもらえます。
  •  9. 思いやりがある人から現場に行かせてもらえます。
  •  10. おせっかいな人から現場に行かせてもらえます。
  •  11. しつこい人から現場に行かせてもらえます。
  •  12. 時間を気に出来る人から現場に行かせてもらえます。
  •  13. 道具の整備がいつもされてる人から現場に行かせてもらえます。
  •  14. おそうじ、かたづけの上手な人から現場に行かせてもらえます。
  •  15. 今の自分の立場が明確な人から現場に行かせてもらえます。
  •  16. 前向きに事を考えられる人から現場に行かせてもらえます。
  •  17. 感謝の出来る人から現場に行かせてもらえます。
  •  18. 身だしなみの出来てる人から現場に行かせてもらえます。
  •  19. お手伝いの出来る人から現場に行かせてもらえます。
  •  20. 自己紹介が出来る人から現場に行かせてもらえます。
  •  21. 自慢の出来る人から現場に行かせてもらえます。
  •  22. 意見が言える人から現場に行かせてもらえます。
  •  23. お手紙をこまめに出せる人から現場に行かせてもらえます。
  •  24. トイレそうじが出来る人から現場に行かせてもらえます。
  •  25. 道具を上手に使える人から現場に行かせてもらえます。
  •  26. 電話を上手にかける事が出来る人から現場に行かせてもらえます。
  •  27. 食べるのが早い人から現場に行かせてもらえます。
  •  28. お金を大事に使える人から現場に行かせてもらえます。
  •  29. そろばんの出来る人から現場に行かせてもらえます。
  •  30. レポートがわかりやすい人から現場に行かせてもらえます。

メガベンチャー

きらり薬局はよく、ベンチャー企業と分類されます。
そして、これから私たちが目指すものとして、「大企業」ではなく「メガベンチャー」という言葉をよく使います。

「メガベンチャー」って何?

私自身もきらりの企業PRの動画でメガベンチャーという言葉を使いました。
皆さんはメガベンチャーと聞くとどういうイメージをお考えでしょうか?医療業界にいると、あまり聞き慣れない言葉だと思います。ウィキペディアで調べてみると、「メガベンチャー」という言葉はでてこない、しかし、「ベンチャー」で調べるとありましたので、ここで紹介します。「ベンチャー」 とは、ベンチャー企業、ベンチャービジネスの略であり、新技術や高度な知識を軸に、大企業では実施しにくい創造的・革新的な経営を展開する中小企業を指す。「ベンチャービジネス」という言葉は、元法政大学総長で日本ベンチャー学会特別顧問の清成忠男氏らによって概念が創りだされた和製英語である。」とあります。私達が目指すのはベンチャーではなく、「メガベンチャー」です。もちろん、「メガ」になる以前に「ベンチャー」でなければなりません。

私の理解するベンチャーとは簡単にいうと「世の中に今はまだないが、あると生活が便利になる新しい物を作ったり、新しいサービスを行う会社」です。イメージだけで考えるとIT企業であったり、アップル社のようにiPhoneを作ったりのイメージがあると思いますが、それだけではないと私は思います。
例えば、我々が日常業務で取り組んでいる業務改善(簡素化、医療満足向上) 「受付」「調剤」「監査」「投薬」「配達」「報告書」「患者への指導、ケアマネ、ドクターとの折衝」などすべて新しいものづくりです。私達はアップル社みたいに形のある物を作らないので、わかりづらいですが、医療、介護サービス業でも技術革新(イノベーション)は可能です。現に、介護関係の経営者の方にきらりさんは薬局としていち早く在宅に取り組んでいた事もあって、他の薬局さんとは勝手がちがうと言われる事があります。 毎日の少しづつの改善(簡略化、医療満足向上)が積み重なって何もしていない薬局とは大きな差になる、その差が患者さん(外部)から見たら技術革新です。そういう事を行い続ける会社が私の定義する「ベンチャー」です。

今回のお題は、「メガベンチャー」です。「メガ」とは??
私の定義でお話をさせて頂くと会社の規模、売上が大きくなり、例えその会社が業界No.1になったとしてもベンチャーであり続ける事です。日本の企業は会社規模が大きくなると殆ど、大企業病が発生します。「事なかれ主義」「極端な年功序列」「会社の風通しの悪い派閥主義」「100%の世襲制」それでは絶対に創造的、革新的サービスは生まれませんし何より働く人がやる気をなくしてしまいます。従って私は「メガベンチャー」を目指したいと考えています。医療、介護業界は日本で数少ない成長産業ですし、同時に医療人でないと上手くいかない産業だと思います。最後に、、、私は今、強い使命感を持っています。日々それが強くなっているのを感じます。我々のような薬局が社会を牽引しなければなりません。

もはや自分達だけの会社ではないと考えています。

いざ、決算報告会!

決算報告会について。
11月15日に決算報告会が行われます。5年前から始めました。ちょうど2期目が終わった時です。その時は春日原にある「初陣」という焼き鳥店の壁に模造紙を貼り付け、借りてきたプロジェクターで映して。約20分くらいだったと思います、今後、会社をこうしていきたいという事を話しました。参加者は10人前後。5年後くらいをイメージして話をしたと思うのですが、面白いもので売上も出店も患者さんの数も、現実になりつつあります。

決算報告会を行う理由は、
①この会社が向かう方向性、ビジョンを従業員同士で共有する。
②各部署の長がその期の目標をコミットメントする。が主な理由です。

3回目くらいから外部の方(医薬品卸さん、銀行さん、調剤機器メーカーさん、人材会社さん、株主さん、などなど)をお呼びしています。私が外部の方をお呼びするのには理由があります。我々は患者さんに対して医薬品の提供と服薬の支援を行っています。それを行うのには外部の方の協力は不可欠です。卸さんが薬を持ってきてくれなければ薬は届けられません。急配なんかは更に重要度を増します。調剤機器会社さんも分包機が止まった時は駆けつけてくれます。機械を直してくれなければ一包化できません。FAXが壊れれば処方せんを受付けられません。銀行さんがお金を貸してくれなければ事業は回りません。患者さんに薬を届けるために、会社、従業員、外部関係者、株主すべてが力を合わせています。お互いの持つ資源を投下しています。それは患者さんの生活を守る、同志という事です。そういう意味では我々の考えを外部の方とも共有したいのでこの場にお呼びしています。更にいうと外部関係者もそれを生業としています。患者さんを守りながら、自分自身(家族)も給与を得て、生活している。だから事業は尊いんだと思います。

来期は8期目です。
日本の社会では統計を取るとある年に100社、会社が出来たとすると、5年後には85%が倒産し、10年後には6.3社しか残りません。それだけ競争が厳しいのです。創業当時は事業を続けられるか?という危機もありました。この7年を振り返ると本当にあっという間でした。正直、私自身生きた心地がしない7年間でした。
これから8期が始まります。これからどんな事が起こるのだろう?たまに考えます。現在でも2週間に1日くらい根拠のない不安で眠れない日があります。会社が大きくなるにつれて責任が大きくなるのが本能的に怖いんだと思います。ただ静かに1人で気持ちを落ち着かせて深く考えると、やるしかない。後には引けない。この大きな仕事は自分にしかできない。というのが、ふつふつと湧いてきますし、本気でこの根拠のない自信を信じています。7年間を通して、自分自身の成長を感じると同時に、周りからの感謝と期待が少しずつですが、集まっているのも実感します。おかげ様で同志は沢山増えました。だからこそ頑張れます。まだまだ、会社は大きくなり、多様化し、サービスの質も向上します。皆で作り上げて行きたいです。新しい日本の薬局像を。

第8期、はじまる。

第8期のスタートとして、平成26年11月15日に決算報告会が行われました。
社長がプレゼンテーションした企業としてのビジョン、計画…。復習としてもう一度思い出してみてください。その中でも、大きな改革のひとつ、「エリア部長制度」について再度寄稿してもらいました。もう一度その本質を再認識しましょう。

今期から始まる、3人のエリア部長制について。

法脈という言葉がある。
意味を調べてみると、各宗の法義が師から弟子へと伝えられること、とある。法義とは、仏法の教えの事です。広義の意味で、精神や風土を伝承する事と私なりに理解しています。私は法脈を大事にして人事を決めたい。社長の親族だからとか、会社の入社が早いからとか、社長の友人だからとか、そういった理由で役員、部長クラスを決めようと思いません。まだ職員数が120名程度でこれからまだまだ増えるでしょうが、あらかじめここで宣言しておきます。

今回の3エリア部長の目玉はポイント平均の最下位はエリア部長から陥落して、新しい人がエリア部長に選出されるという点です。(後任は自薦、他薦の後に取締役会で承認)新しい人が会社の上を目指せるようでなければ、その会社はダメになってしまいます。ポジションが安定していると人間は必ず油断します。その油断が命取りになります。また新しい人にどんどん上に立って欲しいのも理由の一つです。 今回は城尾、児玉、菊池の3名をエリア部長に選抜しました。

私は3人を呼び、酒の席でこの構想の話をしました。初めはビックリしていましたが、皆納得してくれました。特に城尾に関しては現在が部長です。来年はそのポジションから落ちるかもしれません。その事に関して彼は、「会社の為にはそれが一番いい」と話をしていました。自分のポジションよりも組織の一番いい方法を選択できる事はリーダーの必須条件です。勿論、私も例外ではありません。だからこそ、年に一回の投票制度も設けています。ただ、あの時の城尾の一言。「会社の為にはそれが一番いい」と言えた彼に敬意を表したいですし、そういう人材のいるこの会社に私は益々可能性を感じます。

城尾、児玉、菊池3エリア部長。頑張って下さい。もう一つ、来年新しい人材がでてくる事も楽しみです。

「感謝」と「不満」

慣れるという事は恐ろしい。

今回は雑誌「致知」について書きます。
私は毎月「致知」という雑誌を読んでいます。今日はその雑誌を読んで心に響いたことがあるので、その事について書こうと思います。ある記事の中で作家の三浦綾子さんが「慣れるという事は何と恐ろしいというであろう。慣れることによって感謝すべき事を不満の種にしてしまうのだ。」と書かれていました。

自分自身を振り返ると、物にしろ、人にしろ、手に入ってしまったらそれが当たり前になる。手に入るまではあんなに頑張り、手に入れた時には感動した「制度」や「機械」だったという事を忘れてしまうのです。

7年前に太宰府店の分包機の上にカセットがついた時は肱岡と大興奮したのを覚えていますし、6年前に現在の城尾部長が大きな薬局チェーンを退職して当時2店舗しかない、きらり薬局にきてくれるのを決めた時にも肱岡と興奮したのを覚えています。それ以外にも分包紙が透明になった時、GGZが発足した時、銀行から初めて融資が下りた時、一枚目の処方せんを患者さんが持ってきてくれた時、初めて在宅の「要訪問指導」と書いた処方せんがながれてきた時、興奮したり、驚愕したり、混乱したりしました。

ただ、しばらくすると、その過去を忘れてしまう自分がいるのです。
無くなったらその貴重さや感謝に気づきます。無駄な我欲が連れてくる意味のない不満も無くなってきます。私はそれに気づかず彼女にフラれて後悔した事があります(涙)。

今、弊社でも分包機のカセットが使えなくなると、店舗では恐らく「不満」がでると思います。もちろん、不満になるのは当たり前だと思います。(私も不満に感じると思います。)ただ初めて得た時の気持ちを忘れてはいけないと思います。その気持ちがあれば物や人を大事にする。
また、その物や人を得た時の興奮、感動などは何事にも代えがたい感動です。物や人だけではありません。仕事の実績や苦労などもそれにあたると思います。
ある時、菊池部長とこんな話をしました。3年前くらいですけど、朝練といって始業前に1時間くらい、介護事業者との話し方のロープレなどをみんなで集まって練習していました。本当に忙しい時期でしたがそれをやっていた。当時の話をすると、あの時は大変だったけどそれはそれで楽しかったと言っていました。私もその気持ちはよくわかります。振り返って考えると、その一つ一つの出来事は自分にとっては「宝物」です。自分が生きてきたと実感できる出来事です。もちろん情熱を持って物事に挑まないとその「ふりかえり」はできません。

(普通の人から見たら当たり前の事、ほんの小さな事に見えると思いますが、、、)

最後に自戒の意味でもう一度心に留めておこう思います。
「慣れるという事は何と恐ろしいというであろう。慣れることによって感謝すべき事を不満の種にしてしまうのだ。」

ちなみに「致知」はすばらしい雑誌だと思います。こんな人生を送った人が沢山いるのだと感じます。テレビなんかで取り上げられる、作られた「物語」より「深い物語」があります。興味のある方は読まれてみてはいかがでしょうか?

014 10年後 きらり薬局はNEXT STAGEへ

今回は10年後について書きます。

10年後は2025年です。
2025年は、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になる年です。日本は急速な高齢化が問題です。
2025年以降は、2200万人、4人に1人が75歳以上という超高齢社会が到来します。これまで国を支えてきた団塊の世代が給付を受ける側に回るため、医療、介護、福祉サービスへの需要が高まり、社会保障財政のバランスが崩れる、とも指摘されています。都市部では2035年と言われています。福岡も人口動態からみるとそうではないでしょうか。

改めて、10年後考えてみると…
予想がつきません。

混合診療も始まり、リフィル処方も始まり、処方せんも電子化してメールでとばしたりするのかな…。全国の薬局数は3分の1くらいに減ってると思います。(現在、福岡県で約2700件)

10年後とは?なんて予想なんて出来ない。なので、10年後の「こうなったら楽しいな」を書きます。私達のサービスが日本全体に広まり、これから海外にも出店するかどうかを社内で議論している姿が頭に浮かびました。私が開業した8年前に一風堂の河原成美社長にある「文章」を送って頂きました。その当時「一風堂」さんはNew Yorkのブロードウェイ近くに「IPPUDO」を出店した時期でした。頂いた「文章」の中には博多で始まった小さなラーメン屋さんが気付いたらNew Yorkのブロードウェイの近くに出店してブロードウェイで修行中の見習い役者さんがアルバイトで博多ラーメンを作り、ブロードウェイを見た帰りのお客さんが博多ラーメンを食べている光景を見て、河原社長が興奮している様子が書かれていました。また、シンガポールなどのその当時の新興国のアジア人の生きるエネルギーの力強さを肌で感じる様子を赤裸々に書いていました。そして文章の最後に、その当時なんの実績もない私達20代の若造に「小さくまとまるなよ!」と言った趣旨のメッセージが書かれていました。私自身とても興奮したのを覚えています。
私はそれを見て、いつか私達「きらり薬局」のサービスが世界の人たちに届いて、「Kirari Pharmacy」 good!!と外国人が言っているのを見てみたい。薬の専門家、介護の専門家が本当の意味で身近にいるということが助かるというのは基本的には日本人も外国人も一緒だと思っています。もちろん、今現状の中身をおろそかにするつもりもありませんし、薬局内の体制も整えながらやるのですが、私の経験上、伸ばそうという気概が会社にないと質も向上しませんし、人間は本来弱い生き物で現状維持に安住しがちになります。「現状維持は衰退。」前を向くというのは質も規模も正比例の関係の事が多いです。もちろん、だから大手企業だけが残るという事にはならないと思いますが…

会社上層部が夢を掲げて組織を牽引するというのは、企業にとって大事な事だと思っています。

今よりも質も規模も大きく高めて、「日本のきらり薬局」のサービスを人種、思想、宗教の壁を越えて世界に通用させたい。それが10年後です。それが「こうなったら楽しいなという私の夢、いや、必ずこうするという夢」です。下の文章は城尾部長の日誌です。これが海外のどこかで英語やほかの外国語で書かれる日をイメージしています。夢を見るのは人類にしか出来ない自由なので、周りに馬鹿にされるかもしれないけど、あえてここに書きます。

 

田島店 ターミナル患者さま
オプソの手持ちが切れたとの事。まつおクリニックよりオンコール処方。22時に配達。姉と弟の二人暮らし。癌末期の80代の弟を姉が介護する典型的な老々介護。年末に退院する時は歩くことが出来ていたが、退院後急激にADLが低下し、認知症の症状も悪化している。退院時に目やにがひどい事が気になり、医療センターの主治医に大丈夫か聞いたところ、「目やにくらいなら問題ない」と言われた。年末に目が開けられない程の樹脂の様な目やにがたまり、松尾先生に相談。これは可哀想と、目薬を処方してくれた。
翌日の元旦に、みぞれが降る中、きらり薬局はたった1本の目薬を持ってきてくれた。申し訳ないような気もしながら、とてもありがたいと思った。涙を浮かべながら薬局がこんな事までしてくれるなんて驚いたと、お姉さまが話しておられました。

今まで行ってきたサービスの価値を再認識出来た。確実にきらり薬局にしか出来ない事、きらり薬局だから出来ている事がある。

 

世界に広がる「博多 一風堂」
「変わらないために変わり続ける。」
2008年のNY進出を皮切りに世界各地へ積極的に展開。2014年にはヨーロッパへ。

1985年 大名で創業
2008年 NY出店 ※きらり薬局創業
2009年 シンガポール出店
2011年 ソウル・香港出店
2012年 台湾・上海・シドニー出店
2013年 クアラルンプール・広州・深圳出店

016 あらためて、中期ビジョンを共有しよう

超高齢化社会に向けて、国の方針は一貫しています。キーワードとなるのは地域包括ケアシステムの推進、病棟から在宅への医療現場の移行です。これは、2015年9月に厚生労働省が発表した「かかりつけ薬局」や「健康サポート薬局」の要件からも明らかです。

2025年までに後期高齢者(75歳以上)は人口の約20%、認知症患者は700万人に及び、介護医療費は21兆円にまで倍増するという試算が出ています。これに対して国は保険対象者の絞り込みを図っており、その思惑が顕著に表れているのが2015年度の介護報酬改定です。15年度改定では、9年ぶりに平均報酬単価が引き下げとなり、一方、訪問看護、定期巡回などは報酬アップとなり、その重要性が明確に打ち出される結果に。

塩崎厚労相は改定について「重度・中度の要介護者のケア、認知症への対応に配慮して加算した」と述べており、したがって薬局においても、在宅医療への対応、特に重度患者への対応が課題になると考えています。重度であれば頻回に呼ばれ処方も重い。知識もいる。対応は簡単ではありません。

きらりのビジョンは「24時間365日、患者様に薬が届く世の中をつくる」、そして「処方せんを元気に変える」です。これは国の方針や業界動向がどうであれ、決して変わりません。ただし、ビジョンを実現することが、結果的には薬局業界が抱える課題を解決に導くと確信しています。ビジョンの一つ目、「24時間365日、患者様に薬が届く世の中をつくる」とは、社会の仕組みを変えるという意味です。具体的には、ヤマト運輸が日本の流通を変えたように、「きらり薬局」が日本の医療を変えたいと思っています。一般の人はまだまだ知りません。薬剤師が薬を届けてくれ適切な指導をしてくれることを。本当に情けない。30年前「クロネコヤマト」が誕生したことで、私たちは短時間で安く荷物を輸送できるようになりました。在宅に置き換えると、薬を必要としている人のもとに必要な薬が必要な量だけ届き適切な指導のもと薬を服用できる事。

それが「当り前」な社会をつくりたい。

さらに、このビジョン実現は10万人とも言われる介護離職者の減少にも貢献できると考えています。今後、在宅医療における重度患者の比率が上がるにつれて、介護離職者もますます増加するでしょう。しかし、在宅医療の質が向上すれば、介護のために仕事を辞める人も少なくなるはず。「きらり薬局」が質の高い在宅医療を提供することで、介護離職抑制の一端を担えればと思っています。

まとめると、

①重症患者さんへの対応。(緩和ケア等)
②認知症患者さんへの対応。
これが今年の課題だと思っています。

今私達は苦労や工夫を重ねて新しい薬局のモデルを作ろうとしています。数年前から比べるとだいぶん進歩した。 まだまだ進化させていきたいと考えています。

017 世の中が求めるサービスとは

延岡にある薬学部に企業説明会に車で行きました。約4時間かかります。大分、宮崎の海沿いを走っていました。そこは完全な地方です。家や商店もまばらでコンビニもなかなかありません。右側は山です。左側は海です。 そこで一つの光景を目にしました。一つの古い民家にクロネコヤマトの車が止まっていました。車が走って見たので一瞬でしたが、とても感動しました。

経営的に考えると都会と違って荷物もそんなに多くないし手間もかかります。そこだけ見ると恐らく赤字だと思います。

職員からは処遇をよくして欲しい。株主からは利益をだして欲しい。顧客からは値段を下げて欲しい。薬の卸さん、分包機の会社さんなどからは高く買って欲しい。色々なところから毎日のように要望が上がります。それが認められず関係性が薄くなってしまったり、時には無くなってしまったり、状況は刻々と変化していきます。

民間の会社なのでそれはある意味自由です。民間の会社なのでどちらの方向の「決断」もある意味自由です。そのギリギリの落とし所で続けていくのが企業です。少しでも、その「あんばい」を間違うと会社は潰れてしまします。

その状況の中で古い民家に宅急便を届けている。恐らく物凄い量の工夫をして、喧々諤々(けんけんがくがく)の議論を「職員」「株主」「顧客」と続けながらもサービスを続けている。民間企業なので税金で補填しているわけではありません。そう考えると感動しました。でも、ふと考えると私たちが今、受けている「サービス」「製品」すべてそうです。その「あんばい」の中で生き残っているので今その「サービス」「製品」があります。

我々きらり薬局は「宅急便」のような社会インフラとなるサービスを世の中に送り出します。

「24時間365日適切な指導の下、薬が届く社会を作る。」

それが我々のビジョンです。

018 最近思っていること

最近思っていること。
会社を経営していて、つい最近、自分の中で1番苦しい時期があった。会社としてそれほどダメかというと、そうでもない。黒字なので「気軽に経営しよう」と考えることもできる。しかしそれでは、多くの人を巻き込んで掲げた「薬局を本当の意味で社会インフラにする」という目標には到底届かない。大きな壁である「薬局の社会インフラ化、新規出店、組織化、株式上場」を乗り越えるには、自分の心の電池はもうカラカラだと思うことがある。エネルギーがすっかり消耗してしまい、諦めたい自分、逃げたい自分がそこにはいた。「私は、ここまで頑張ったんだから」「こんなに大変な思いもしてきたんだ」心がそう叫んでいた。誰も認めてくれない…。

そんなとき、ある人から黒木くんらしくないと言われ、はっとした。

正気に戻り、あらゆるものが見えてきた。私は自分の辛さにしか目が向いてなかった。何度も資本政策をやり直しながら巻き込んできた株主、期待を抱いて入ってくれた社員のこと…。現在訪問している患者さん、介護事業者の方々…。「日本を代表する薬局を創る」という夢…。それがあってこそ今まで、その分命を会社に吹き込むことができたと思う。そして、自分の人生においても「薬局の社会インフラ化、組織化、株式上場」というのは経験しておくべきだと考えている。 逃げるのは簡単だ。逃げれば自分はその瞬間に安全地帯に行けただろう。でも、逃げたらどうなるのだろう。 周囲との約束を果たせないという気持ちや、人に笑われる夢。ただ、会社は売り上げも伸びているし、大手調剤薬局に売却するのをはじめ、他の手段で表面的には上手く解決することもできる。 でも、それよりももっと大事で、どう転んでも解決できないことは「自分に嘘をついて逃げる」「大変だから逃げた」とすると、自分の心に一生の後悔を刻んでしまうということだ。うわべを取り繕うことはできても、関わった人にもメリットを分け合ってそれぞれの人生を歩んでいくことができたとしても、自分の最大のパートナーである自分を、自ら裏切ることになるのだ。自分をごまかし、 挑戦に向き合わずに生きていくことは、一度きりの人生を創り上げたいという私の想いに反する。ある方が言っていた。「最大のリスクは人生を後悔すること」だから、限りある一度きりの自分の人生を、精一杯やったんだと思える生き方をしたい。苦しくなったとき、落ち着いて考えれば解決策は絶対にある。周りが苦しい時、私は目の前のやるべきことを考える為に30分だけ集中する。そしてどうするかという具体的な行動を決める。期限を決める。苦しみを逃がれる方法は目の前に横たわる問題を一つずつ解決するしかない。地道に、本当に地道に。方法なんて、ちゃんと考ればたくさんある。困難と自分の人生の目的を照らし合わせたとき、絶対に通らなければいけない道がある。私はこれからも一度きりの人生を最高のものにしたいから、自分を極限まで追い詰めて、追い詰めて、おもいっきり成長させてこの道を進みたい。

019 10期のスローガン「一つ、一つ」

決算報告会お疲れ様でした。
今期のスローガンは「一つ一つ」
生活していると毎日色々な事が起こります。
特に管理者クラスになると
毎日イレギュラーな事が起こる。
いい事もあれば、課題や問題も起こり続ける。
そこで、
愚痴を言っても
泣き叫んでも
無視しても
回りにやつ当りしても解決しない。
静かに彼らはそこにいる。
「一つ一つ」解決するしかない。
問題の中には一見、自分の行動で解決しないように思える問題もあるかもしれません。
しかし100%解決できなくても30%なら減らせたりします。それをまずやる。
また残り70%は同僚や上司や顧客に「提案」する。「批判」ではなく。
その時、30%の施策に取り組んでいるかどうかで同僚、上司、顧客の動きも変わります。
「彼は自分なりによくやっている。」そんな印象に変わるのです。
大事なのは「頑張る」ではなく「施策に取り組む」です。

話を「組織トップの目線から」に変えます。
問題を解決するには組織のトップが、解決する項目の優先順位を決めなければなりません。
あれもこれもやると、追えなくなるので何も変わらない・・・という事を、良く見かけます。
最近、特に優先順位を決めることは重要だと感じています。
パレートの法則も、あてはまることが多いように感じます。

「一つ一つ」確実にやる。

優先順位を決めるといっても、どう決めるのか。
私は、定量的に測れる大きな問題で、かつ一時的な問題でないものに最初に手をつける事が多い気がします。
意思決定する時には、1年後考えた時もその施策で解決するか?その施策が継続できるか?
ということも大事です。持続できなければ解決しません。 継続させるように定点観測する。よくある駄目な例が「ほったらかし」。
「一つ一つ」やれば定点観測もしやすい。
今期も「一つ一つ」頑張ります。

[写真]10年後

日本一多くのありがとうを集める薬局を作る。

頼りがいのある仲間たちにも恵まれ、私たちは未来に向かって邁進していきます。永遠の目標を達成するその日まで…。

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